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福島カツシゲ『本日も起志快晴!?』

毎日が攻めの姿勢

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二次避難の難しさ

長く暮らしていた場所を離れるという事を想像する。



2000年8月10日に東京都の三宅島で大きな噴火が起こり、8月下旬から避難が開始され、9月4日までに全島民の避難が完了しました。

この時、三宅島に住んでいた多くの人、特に大人たちより先に避難をした子どもたちは、2〜3日で帰れる、長くても1〜2週間で帰れると思っていたそうですが、結局4年5ヶ月間の避難生活になりました。

避難している間に、幼稚園の子供は小学生に、小学生は中学生、中学生は高校生になって生活はガラッと変わっただろうと思います。生活が変わる事のすべてがネガティブな方向だとは思いませんが、避難解除になっても島に戻らなかった人が多くいました。中には、気管支系の持病などで戻れなかった人も多くいました。

噴火前の三宅島の人口は3800人でした。現在、三宅島の人口は2500人になっています。

東日本大震災の時にも、原発事故のため故郷に戻れないままの人が大勢います。

一度離れたら、戻ってこれないかもしれないと思ってしまう事が、1.5時避難、二次避難を躊躇させる原因になってるといいます。

大きな災害が起きた時、生活環境がどんどん悪化していきます。この寒い時期、そして断水で水が出ない期間は、せめて食事やお風呂の環境だけでも整った場所で、ゆっくりと過ごすための二次避難だと考えられるように、避難をする側の気持ちを想像してあげて欲しいなと思います。

生活環境が悪くても、その場に留まりたいと思う人の気持ちを想像してあげて欲しいと思うのです。

そしてもうひつとつ。二次避難をした場所では、被災した人たちが思ってる以上に、普通の日常生活が行われています。それが、周りから取り残された感覚になるのだそうです。

東日本大震災の時、同じ石巻でも津波の被害があった場所と、川を挟んで被害がなかった場所での日常生活の違いにも驚きましたが、2011年6月、一旦東京に戻る時、石巻からバスで1時間ほどの距離の仙台の町が、あまりに日常だったのに驚いた事を覚えています。


昨日 『金沢と被災地域結ぶ北陸鉄道の特急バス 一部で運行再開』 というニュースがありました。

二次避難することで気持ちが休まり、少し時間はかかりますがバスに乗ればいつでも故郷に帰ってこられるというのは、今の避難所で生活を続けるよりも、体にも心にもいいんじゃないかと思います。

もうここには戻れないかもしれない、故郷を捨てなきゃいけない。と思わせないような二次避難が出来る事を願っています。

少し離れることで、被災地の風景はガラリと変わります。町が少しづつきれいになっていくことで、復旧していってるとは思います。ただ、自分たちが暮らしていた家が、どこだったのかが分からなくなってしまう。町が変わっていくスピードに気持ちが追いつかないと言います。


復旧、復興するというのは、どういうことなのか、寄り添うというのはどういうことなのか、難しいなと思うのです。

| 防活・減活のススメ | 09:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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