FC2ブログ

福島カツシゲ『本日も起志快晴!?』

毎日が攻めの姿勢

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

姪っ子が、今年24歳になります。

24年前の今日は、まだお腹にいました。




僕は、上京して6年ほどが経ち、当時は『THE NEWSPAPER』というグループで活動していました。兄夫婦が住んでいたのが、特に被害の大きかった灘区で、連絡が取れたのは、次の日でした。



実家の大阪に避難出来たので、被災した人たちの中では恵まれてた方だと思います。もちろん、それぞれに事情があるので、直接被災をしなかった自分が、どう思ったかは、ほとんど意味のないことだと思います。



その時、同じように上京していた神戸出身の友人は、仕事場に無期限の休暇を申し出て、すぐにバイクに乗って神戸に向かったのを思い出します。現地でボランティアをして、東京に戻ってきたのは、半年ほど経ってからだったと思います。



28歳だった自分は、大阪に帰らないという選択をしました。あの頃の自分には、想像力がなかったのかなと思うことがあります。



あの時の選択が正しかったかどうかは、この先も分からないのですが、あの時の選択があって、今があり、それを変えることは出来ません。



だから、何かが起きて、その先を想像した上で行動を起こさないといけないとも思うのですが、やはり人生は、想像を超える事が次々と起きるのだと感じています。



去年のナオト・インティライミのツアーで、久々に姪っ子に会う事が出来ました。毎年、この時期になると、姪っ子の年齢と、バイクで神戸に向かった友人の事を思い出します。



みなさんは、何を思い出し、何を考えますか?

| ヒトリゴト | 13:25 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

あたしは、東日本で被災した者ですが、
友人を一人亡くしました。
カツシゲさんの言っていることがわかる気がします。
あの時。
と思うことがあり…
でも、自分に何ができたのだろうかとも…
ただ、逃げての言葉が伝えられなかったことが
今でも考えてしまいます。

| 胡桃 | 2019/01/18 09:27 | URL | ≫ EDIT














TRACKBACK URL

http://leader2940.blog59.fc2.com/tb.php/4348-f9624360

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT