福島カツシゲ『本日も起志快晴!?』

毎日が攻めの姿勢

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仙台での公演を終えて

2014年3月11日。




いま、僕にはやりたいコトがたくさんあります。やらなければならないコトもたくさんあります。


あの頃、日和山から見た風景や、新館地区で活動してる時に目の前に飛び込んでくる風景が日常になりつつある時に、省一くんに連れて行ってもらったトヤケ森山(通称:馬っこ山)の山頂から遠くに見えた景色は『震災前と変わらない風景』と感じました。北上川の向こうには、そんな景色が広がっていました。


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ただ、川の手前には、仮置き場に山積みになって、なおも増え続ける瓦礫と呼ばれるカタマリになてしまった大切なモノ。総合運動公園に停まっていた自衛隊の車両。そんな風景が見えました。



北上川の先に見える日和山の向こう側には、ここから見える風景とは、全く違った色のない風景でした。


復興は進んでいるのでしょうか?


あの頃とは、すっかり変わった日和山から見える景色は、昔からこうだったようにも見えてしまう『野原のような景色』が広がっています。もう、そこには町はありません。


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初めてここからの風景を見た時の感情は正直覚えていません。思考が止まったような気がします。しばらくして無力だと、自分が出来ることは何もないと思いました。3年経った今、自分がどんな気持ちで、この風景を見てるのか考えがまとまりません。ただ、



復興は進んでいるのでしょうか?



そう感じます。



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取り残された家があります。ほとんどの家が取り壊された中で、あの家だけが残っています。今は誰も住んでいません。住む人を失った家、あそこには家庭がありました。




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この道路から海側が南浜町です。人が住むことの出来ない地域として国立公園になる予定です。そして山側は門脇町、住宅地として整備される地域です。住むことの出来ない場所と、住んでも構わないと言われた場所。なにが基準なのでしょうか?この道路を境に、どちらも同じように同じ高さの津波に襲われ何もなくなっているのです。




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門脇小学校です。火事になった建物が、津波で流されてこの小学校にぶつかって燃えました。この門脇小学校は、過去にあった悲しい出来事を伝えるために残そうという意見があります。ただ、その大半は、地元ではない人たちの声です。遺すべきモノを決めるのはダレなのでしょうか?



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この看板を建てたのは、ここに自宅とお店があった黒澤健一さんです。当時黒澤さんは、車を運転中に津波に襲われました。なんとか松の木によじ登って一晩を過ごしたそうです。

黒澤さんは、何も無くなった自宅の跡地に友人とともに看板を作って、そこに大きく『がんばろう!石巻』という言葉を刻みました。このボードは、津波に対するファイティングポーズだとおっしゃってました。





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日和山に上る急な階段です。多くの人がこの階段を、反対側の坂道を駆け上がって避難しました。でも、高齢だったり、足や心臓が悪かったりする人の中には、坂道の手前で、階段の下で、座り込んでしまう人がいました。


そういう人を見捨てて自分だけ逃げてきたと感じる人がいます。今でも、あの時の光景を思い出すと言います。津波が襲ってくる光景ではなく、残された人が自分を見る目だと言います。




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石巻市立病院。4階建ての建物で、2階まで津波が来て浸水しました。今は取り壊されてありません。

あの日、患者さんたちは皆さん無事でした。どんどん海水が押し寄せてくる中で、患者さんのケアをしながら、看護師さんもお医者さんも『死』を覚悟して、お互いの体にマジックで名前を書いたそうです。すべてのものが流されても、見つかった時に自分が誰であるのか、すぐに分かってもらえるように、体に名前を書いたそうです。



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建物に赤いスプレーで番号が書いてあります。取り壊しを待っている建物につけられた番号です。以前は、赤いスプレーの建物だらけでしたが、今は、すっかりその数も減りました。それは同時に、たくさんの建物が、この町から消えたことになります。たくさんの人が、この町から出て行ったことになります。




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元いた場所に新しくお店を再開させた人、石巻の別の場所に移った人、そして、戻ってこれなかった人、それぞれに理由があり、それぞれの場所で、精一杯生きることを続けているのです。





いま、僕にはやりたいコトがたくさんあります。やらなければならないコトもたくさんあります。そんな環境に感謝をしています。



2014年3月11日 【イシノマキにいた時間】仙台公演を終えて。

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