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福島カツシゲ『本日も起志快晴!?』

毎日が攻めの姿勢

2020年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2021年02月

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本日快晴。DIY日和

室内だけど。



noteで連載してる【話し相手JAPAN TOUR】の挿し絵を描いてもらってる妹から、パソコンを置く棚&出来ればデスク的なテーブルの発注を受けておりましたが、なかなか作業に取りかかれず、本日、比較的人の少ない午前中のCAINZへ。



ここ、多摩境駅近くのCAINZには工作室(2時間無料)があり、道具なども、そこそこ揃ってて、自由に貸してもらえる。(一部有料もあり)



早速、PRO資材館にて材料を買って、コンパネはある程度カットしてもらって(1カット50円)いざ、工作室へ。



貸し切りでした。



道具は、持ち込みもOKで、足りない材料は、すぐに買いに行けて、めちゃくちゃ便利だった。作業に没頭してて、完全に途中経過を撮影するのを忘れてた。



で、大枠完成。



大事なのは、ここから。面倒くさいけど一番大事なのがヤスリ掛け。しっかりと角の面取りをして、表面もヤスリ掛けしないと、棘が刺さったりニスの乗りが悪くなります。



見た目は変わらないけど、触れば、それはそれは、すっごい違う。



ヤスリ掛けを終えたら、仕上げのニス塗り。ちょっと休憩がてらニスを買いに行く。土曜日のお昼前



お店の感染症対策も万全ですが、ホントに人が少ない。



そして、無事ニス購入。ニスは、二度塗り、三度塗りで、いい感じに仕上がっていきます。



ということで、このパソコン台(モニター)は、置く場所の関係で、奥行きが、そんなに取れなくて、ほんとにパソコンモニターを置く棚としてが精一杯なので、シンプルなつくりに。



でも、このままだとキーボードで作業ができない。



出来れば、パソコン仕事のできるテーブルにも使いたいって事だったので、残ってた端材で、こんなモノを



モアイ像の顔みたいな感じになってますが・・・



ついに完成。作業時間、2時間ちょい。休憩1時間。やっぱり、休憩って大事。



ちょっと、細かいミスがあったりしたのですが、なんとか納品。



ラワン材と赤松木材で2,058円、水性ニスが、なかなかのお値段で3,280円。材料だけで5,300円ほど。釘やヤスリは持ち込みだったのでお金はかかってない。



いやぁ、これ考えたら、通販やドンキとかで売ってる980円の棚とか、どうやって出来てるんやろと考えたりする。



本日は、朝にnote (ルール・・・崩壊 箱根越え) ♫あなたと〜 越えたい〜 天城越え〜〜〜みたいな日記?ナニハトモアレ更新できたので、気持ちよくモノ作りが出来た。



たまには、いいですね、DIY日和も。

| ヒトリゴト | 14:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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使い分け

note と blog




いま、note には、20年前の【話し相手JAPAN TOUR】の日記を原稿にしたモノを、改めて改稿しながら、不定期でアップしてます。



先日のブログでは#0というか、そういうの書きます。というのを表紙とともにアップしました。

話し相手18



その後

タイトル#1

#1 アパート撤退とはじめての話し相手



そして

タイトル#2−1

#2 江ノ島のえのさん



という風に続いてます。ちなみに、明日は

タイトル#3

#3 ルール・・・崩壊 箱根越え がアップされます。



なんか、blogでは日々の何気ないこと、そしてnoteでは、作品集的なモノという風に使い分けようと思ってましたが



無理やね。



いや、無理じゃない。一度、流れをつかめれば、きっと、うまく使い分けられるハズなのだ。ただ、流れをつかむのに3ヶ月ぐらいかかるかも。



そしたら、ちょうど【話し相手JAPAN TOUR】が、終わる頃だ。



今後もnoteは、不定期で更新しますので、よろしかったら、気が向いた時に、コチラにいらして下さい。



福島カツシゲnote



あ・・・こっちのブログも不定期だったわ。

| ヒトリゴト | 23:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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note 『話し相手JAPAN TOUR』はじめます。

全国ツアーです。




2000年3月20日『話し相手JAPAN TOUR 2000』というタイトルで、全国ツアをスタートしました。あッ、東京から西方面だけで終わったので、半国ツアーでした。そして、西へ向かえば向かうほど存在感が大きくなっていくツアーでもありました。



そんなツアーでの話の日記を書き直して原稿にしました。何年か前に、原稿を読んでくれた出版社の方が「本にしませんか?」と言ってくれたのですが、ひとつ条件がありました。



「自分探しの旅をしてきた福島さんが、出会った人達によって成長していく姿を書き足して欲しい。」



というリクエストがあったのですが、僕の答えはNOでした。というか、正直半年ぐらいで人は『成長』しないというか、少なくとも僕は成長してなかったんです。




そもそも『話し相手』は『自分探しの旅』ではなくて、ツアーなので、すでに自分は見つかっていたのです。残念ながら出版社さんの期待には沿えないと思い丁重にお断りしました。



がッ、今になって思うと・・・リクエスト通り書き直してりゃ良かった!まぁ、そんなこんなで、noteにて連載しますので、よかったらフォローして下さい・・・コチラ『話し相手JAPAN TOUR』



ちなみに挿し絵は、妹に発注してます。

話し相手18

持つべきものは、器用な身内です。



最終的には、皆さんが手にしてもらえるような本になれば・・・すればいいのか!自分で作っちゃえばいいのか!!



まぁ、そんな事も考えながら、はじめてますので、noteの方にコメントやらいただけると嬉しいです。

| ヒトリゴト | 14:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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noteはじめました

まずは、noteの一歩から。





こちらのnoteですが、これまでの作品などを紹介していくページとして、お届けできればと、現在勉強中です。



そんな1ページ目・・・コチラ

| ヒトリゴト | 12:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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この一歩から

はじめました。




佐原駅。さはらではなく、さわらだそうです。






駅を降りると、いきなり忠敬さん。






バックショットも撮れます。






さらに、駅から少し歩いた公園にも忠敬さん。






天気も良くて、絶好の忠敬さん日和。忠敬橋までありますが、読みが『ただたかはし』ではなく『ちゅうけいばし』





もちろん、お土産のお菓子やお酒、漬物にも忠敬さんの名前がついてます。佐原の街は、忠敬さん祭でした。



ただ、今回会いたかった忠敬さんは、17歳で結婚(婿入り)してから50歳になって江戸に出るまでを過ごした旧宅









こちらに建つ忠敬像。



この一歩から。



帰りの電車まで1時間半以上あったので、伊能忠敬記念館にも寄ってみました。





いやぁ、すげえな、この人という、途方にくれるような作業をやってるんですが、個人的には、4回結婚してるという人生の方に興味あります。



残念ながら、記念館の資料には、1回目の結婚以外は、全く載ってませんでした。



| ヒトリゴト | 14:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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さて、2021年テーマは

伊能忠敬です。




もう、ご存知だと思いますが、50歳の時に、天文・暦学を学び始めまして、17年かけて日本全国を歩いて測量しまして、日本地図を作りました。しかも、かなり正確な地図でした。



この人、すげぇ。



そんな伊能忠敬ですが、6歳の時に母を亡くし、その後、親戚や祖父母に育てられて(かなり省略)なんだかんだあって、結局実父に引き取られたりして、転々としてました。



商才が認められて、お金持ちの家に婿養子に入りまして、これが最初の結婚です。そうです、最初なんです。伊能忠敬って、4回結婚(うち1回は内縁の妻)してますねん。1回目が17歳の時に4つ年上のミチさんと。



ミチさんが亡くなって、2回目は40歳ぐらいの時だと思いますが、18歳ほど年下の女性と結婚してます。この2番目の妻が、名前など不詳で、内縁の妻らしいのですが、4年後に亡くなってますねん。ただ、2人の間には、3人も子供が居てますねん。



1786年に男の子、1788年にまたまた男の子、1789年に女の子、の3人を産みまして、1790年に26歳で亡くなってます。無理させすぎちゃうか!



そして、3回目の結婚が、スグなんですよ、スグ。妻が亡くなった年の1790年に結婚してますねん。まぁ、2人目は内縁ということもあって、もしかしたら長いお付き合いを経ていたのかもしれませんが、それにしても亡くなってスグっていうのはなぁ・・・とも思うわけです。



で、3番目の妻・ノブさんは、結婚して5年後に亡くなってるんですよ・・・やっとるな。忠敬なんかやっとるな。と、やっすい2時間ドラマとかなら、そんな話になりそうですが・・・



伊能忠敬は、49歳で商売を隠居して、50歳で江戸に出ます。高橋至時(よしとき)という天文学者に弟子入りするんですが・・・江戸に出て、しばらくしたら・・・



また結婚します。栄(エイ)という女性と結婚します。女性がいないと生きていけないタイプのようです。ただ、その分・・・その分?いや、きっと一生懸命勉強したんだと思います。



55歳で、初めての測量に出ます。180日かけて奥州街道から蝦夷(北海道)の地図を作ります。


56歳、230日かけて伊豆半島〜房総半島〜東北地方海岸沿い〜津軽半島などの地図を作ります。


57歳、130日かけて山形〜秋田〜津軽半島〜東北日本海沿岸〜中山道など地図を作ります。


58歳から2年かけて、東海道太平洋沿岸〜東海地方そして北陸地方の地図を作ります。


61歳から3年かけて、近畿地方〜中国地方の地図を作ります。


64歳で、四国地方の地図、65歳で九州南部の地図を作り、67歳から3年かけて種子島、屋久島、九州北部の地図を作ります。


そして、70歳で、、伊豆諸島(八丈島、御蔵島、三宅島、神津島、新島、利島、大島)の地図を作ります。


72歳で、江戸の地図を作りまして、73歳、弟子たちに見守れながら亡くなります。



栄さんは、いつ亡くなったんや?



そんな、女性と地図が大好きな伊能忠敬ですが、銅像もいっぱいあります。(以下、フリー画像より)

986166_s.jpg

富岡八幡宮の伊能忠敬



そして・・・

4210655_m.jpg

香取市佐原公園の伊能忠敬



最初の測量をスタートさせた北海道

2274292_l.jpg

松前郡福島町豊浜の伊能忠敬



と、いくつもあるのですが、そんな伊能忠敬銅像の中に『この一歩から』というタイトルが付いた銅像があり

518698_l.jpg

2021年のテーマとさせていただきます。



ただ、写真が、イマイチ納得の写真ではないので、近日、撮影に行こうと思います。

| ヒトリゴト | 11:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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