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福島カツシゲ『本日も起志快晴!?』

毎日が攻めの姿勢

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撮影に向けて

衣装がいろいろあります。




ここんとこ、なにかと撮影に出かけておりまして、その時の衣装です。



ええ、もちろん僕が着るんですが、なにか?



ええ、分かりますよ、分かります。言いたい事は分かります。



僕が、どこに向かっているかですよね?



大丈夫です、好きでやってますから。

| ヒトリゴト | 18:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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朝の一杯

珈琲タイム。





趣味という趣味がないのですが、以前、石倉くんから『そこまで凝ってたら、それは趣味です』と言われたのが珈琲です。いつから珈琲を本格的に好きになったか忘れたのですが、いつ頃からか、豆から買ってきて珈琲を淹れるようになりました。



朝起きて、冷蔵庫に保存した珈琲豆を出してきて挽く事から1日が始まります。この挽きたての豆の香りというのが、実にいいんです。



お湯を沸かして、挽いた粉をペーパーに入れます。沸かしたてのお湯(100℃)は良くないので96℃ぐらいで淹れます。



淹れ方は、人により様々なのですが、たいてい少しだけお湯を注いで、30秒ほど蒸らします。この時、蒸らしすぎても良くないんです。



まぁ、いろいろウンチクはあるんですけど、要は、美味しければいいんです。



で、珈琲というのは、最初に落ちた一滴(ファーストドリップ)が、一番美味しいんです。まぁ、その1滴だけを飲んだことないので、正直わからないんですけど・・・美味しいと言われてます。



で、毎日のルーティーンですから、30秒蒸らしてる間に、窓を開けたりして空気の入れ替えなんかをします。これが、富良野だと、実に心地良い風が入って来たりして、優しい時間です。



東京だと、なかなか、そういう時間の過ごし方は出来ないですね。で、キッチンに戻って、ゆっくりとお湯を注ぎ・・・



こんな失敗、する?



ドリップの下に、マグカップ置くの忘れてた。ファーストドリップどころか、トゥエンティードリップぐらい流れ落ちてもうてるやん!!




今朝の、せつない出来事。

| ヒトリゴト | 14:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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告知が渋滞しています

アレコレあるのですが。




いま、モーレツにやってます。そして、まずは、本日のNHKホール。楽屋に入る前に、どーもくんが迎えてくれました。

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いい天気です。もぉ、すっかり春ですね。




いろいろ報告したいと思ってる事はあるのですが、いまひとつ前に進んでなかったり、ぶっちゃけどうなるかわからないまま進んでたり、自分の中だけで踏ん切りがつかない事だったり、さまざまありまして



今は、いただいてる仕事とチャンスとラッキーを、とにかく『一生懸命』とか『一所懸命』とか『一所定住』・・・は、なかなか出来てません。



とはいえ、まぁ、やっぱり常に『起死回生』とか『一発逆転』とかを虎視眈々と狙いつつ『自立支援』とか『自己啓発』とか・・・あれ?なんか違う方向に向かってるぞ。



よし、まずは本日のNHKホールで【FCインティライミ発足5年目記念スペシャルイベント】盛り上がって参りましょう。

| ヒトリゴト | 11:17 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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山ごもり

短期修行にて。





結果、浮く事が出来ました。

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舞空術っていうらしいね。




なにかお仕事があれば、お待ちしてます。


| ヒトリゴト | 09:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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信玄号

最初の漢字変換が、こうなりました。





新元号が話題ですが、有識者会議に呼ばれ、いろいろありまして僕が発表することになりました。




それでは、4月もよろしくお願いします。

| ヒトリゴト | 09:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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みずほ銀行

ジャックス支店。




オカンから振り込みを頼まれた。それが、みずほ銀行のジャックス支店だと言う。



はぁ?ジャックス支店?



新宿支店とか、渋谷支店じゃなくて、ジャックス支店?



オカンに話を聞いたら、カード会社の人に、ジャックス支店に振り込むように言われたと。まぁ、そんな大きな額ではないので、まさか、振り込め詐欺ではないと思うのだが、一応確認しようと電話をした。



まずオカンが電話して、担当の人というのがいるらしいが、電話中なので折り返したいと



いやいやいや、ジャックス支店というのが存在するかだけを聞きたかったので、電話を変わって話をすると



ご本人様ですか?と



いや、本人の息子ですが、ちょっと質問がありまして。と。



答えるには、ご本人様の了承が必要です。と。



いやいや、ちょっと質問だけだから。と。



それでも、ご本人様の了承を。と。



で、もう一度オカンに変わって、はい、了承して。と。



オカンが了承して、では、質問ですけど、みずほ銀行にジャックス支店というのがあるんですか?



で、ここでビックリした。



その質問に答えていいかを確認します。と。



え、え、え?支店があるかどうかを答えるのに、上司の確認が必要?



はい。そして保留音楽が流れる・・・



しばらく待って、電話口から「はい、ジャックス支店は、ございます。」と。



いやいやいや・・・なんなん?これ、なんなん?



これが時代というやつか・・・

| ヒトリゴト | 12:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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本番2日前の舞台に!

急遽、代役で出演することになりまして・・・





昔からの知り合いが、横浜の市民劇団をやっていまして、ちょっと重要な役のオジサンが、急に出れなくなって、その理由が、小学生の息子の受験当日と重なったからという・・・



どうしてもということで、座長が菓子折りを持ってやってきたので、引き受けてしまったのですが・・・



台本を読んでいても、全くセリフが入ってこないんです・・・



しかも、殺陣がありまして・・・



よくよく聞いたら、最後にソロの歌があって・・・



2日前ですよ!!それは、いくらなんでも!!!って言ってるうちに、舞台の当日になって・・・



楽屋でメイクしてスタンバイしてるんですけど、本番3分前に「そのメイク違います!!」って言われて、慌ててメイクを直してる・・・



という夢を見て、汗まみれで起きました。



なんでしょうね?こういう夢、久しぶりに見たんですけど、なんていうか定番の夢なんです。



こういう舞台で焦る夢を見てるうちは、まだまだ舞台に向かってるという、勝手な解釈で楽しんでます。



さぁ、3月も半分が過ぎてます。自分で決めた色々を、ちゃんと前に進めないといかんですね。

| ヒトリゴト | 05:44 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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注意喚起・アポ電詐欺

高齢者を狙うとは、卑劣な手口だ!




オカンが、テレビでやってた『アポ電詐欺に騙されない!』的な番組を見ながらメモしてたのだが、途中で番組のスピードに追いつかなくなってた。



でも、まぁ、ほぼほぼ正解なんじゃないかと思う。



その後、ツイッターで、番組を見てた人に『この後、なんて言うてました?』と呼びかけると、親切な人たちが、すぐに教えてくれました。





で、電話機の前に貼っておくと書いてるものの、そもそも



電話機がない事に気づいたようです。



そして、悩んだ結果



携帯電話の充電器に貼ってました。




ただ、電話にでる時は、充電器から取ってるんですよね・・・まぁ、ええか。

| ヒトリゴト | 12:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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鹿児島から帰る前に

間に合わず、ただいま羽田空港。




帰りは揺れずにナイスパイロット!!前線の影響で揺れることを覚悟していたのですが、ずっと穏やかな上空で、ふと飛行機の下を見ると、新島が見えて、海の色もキレイで得した気分でした。とても上手な離陸&着陸。



さて、鹿児島での報告です。



今回、話をさせてもらったのは、ブログで紹介した4人の今の活動と生活から、あの時に動き、考え、想像したであろう事を伝えました。



最初に、去年を少し振り返り、報告をさせてもらいました。去年はイベント後に『石巻通心(6号セット)』を販売させてもらい、売上金額 148,956円を全額、ピースボート災害ボランティアセンターへ、支援金として届けました。



これまでに、鹿児島のみなさんから預かった義援金(第1回と第2回は募金を集めて届けました)支援金の総額は1,187,944円になりました。



そして、2018年には『義援金と支援金の違い』『防災から減災』そして『ボランティアが必要なわけ』などを話した事をふりかえりました。

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2018年は災害の多かった年でした。

6月18日……大阪北部地震(震度6弱)
6月22日……新燃岳爆発的噴火
7月6〜8日…西日本豪雨災害、堤防決壊による浸水被害多数
7月 …………猛暑。連日40度越え
7月末 ………迷走台風12号、東から西へ日本横断
8月末 ………台風20号被害
9月4日 ……台風21号被害、阪神直撃し関空水没他被害多数
9月6日 ……北海道胆振東部地震(震度7)



僕が言うまでもなく、備えておくべき事は、防災グッズだったり、家具の固定グッズだったりいろいろあると思います。ただ、それを僕が鹿児島まで来て、みなさんに話すべき事ではないと思い、別の角度から話をさせてもらいました。



被災した人のインタビューで必ず出てくるのが、『まさか、ここが…ここは大丈夫だと思った。』という言葉です。これだけの自然災害が起きていて、将来、災害に遭わない人がいたとしたら、それは、ただただラッキーなのだと思うのです。



今後は『ここは、災害が起きると用心していましたけど、まさか大丈夫だったなんて思いませんでした。』というインタビューが出てくる時代が来るかもしれません。



備えておいて欲しいと思ってるのは『想像力』です。想像するためには、知るという事、経験するという事が大切なんだと思います。



ヨシノリくんの『人さえいればなんとかなる』という言葉があって、僕は石巻に向かいました。

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ヨシノリくんが想像したように、大勢の人(ボランティア)が集まったゴールデンウイークに、大きく動きました。



600人以上のボランティアを送り出す準備が出来てる東京から、石巻では受け入れられるかと判断を迫られた時、想像して考える時間もなく

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やっぴろが『出来るか出来ないかではなく、やります』と答えました。



想像を、遥かに超えた住民の人たちの声が、常に深吾くんの携帯電話に届いていました。その半年後、冷静かつ俯瞰で記録を振り返り、記憶をたどれる人は

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深吾くんしかいないと思っていました。



写真家である省一くんは、震災後の町でシャッターを切る自分を想像できなくて、カメラを持たずに石巻に向かいました。



そんな省一くんが、2013年から撮り続けている風景は、石巻の町が夜から朝に変わる瞬間の風景です。その風景を集めたフォトブックが『いしのまきのあさ』です。ページをめくると『消えゆく景色』『そこにあり続ける景色』『新しく始まる景色』があります。



このフォトブックを1,000円で販売させてもらいました。そして、79冊も売れました。で、驚くのは79冊なので、売上金は79,000円なのですが、お金を入れてもらう箱に入っていた金額を数えると166,800円ありました。



計算が、全く合わないのです。



しかも、本来1,080円なのですが、お釣りのやり取りが大変なので、ステージ上で、つい、1,000円で、消費税分はジャパネット方式の『シゲネット福島』が負担しますと言っちゃったので、79冊分の消費税6,320円を足した



173,120円を鈴木省一くんに届けます。



売上金ですが、本来一冊1,080円の売り上げから200円(約20%)を、岡山県倉敷市真備町で写真洗浄をする活動に届けるという事なので79冊分の200円(15,800円)となるのですが、今回は、フォトブックの売り上げ金(鹿児島のみなさんの想いも込みで)総額の20%である34,630円を『真備町写真洗浄@あらいぐま岡山』へ届けてもらう事になりました。



また、34,630円以外は、省一くんの今後の石巻や倉敷市真備町での活動や『記憶と記録』を残す活動に使わせていただきます。鹿児島のみなさん、また来年もよろしくお願いします。



今回、写真に残された『記録と記憶』の事を伝えるのに、ひとり紹介しました。

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浜の大将・石森裕治さんです。



この人が、仮設住宅でお茶をごちそうしてくれた時に『ここには、布団もテレビも冷蔵庫も、生活用品は全部揃ってんだけど、ガラーンとしてんだわ。ふりかえる思い出が、なんもないからなんだ。』と言いました。



流されてしまったアルバムには、ふりかえる事が出来る思い出が詰まっています。



浸水した家にかろうじて残されていたアルバムの中に、思い出をふりかえる事が出来る写真を救う活動があります。

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現在、省一くんは、倉敷市真備町で写真洗浄活動を行っています。

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お時間のある方は、是非!!

| ヒトリゴト | 15:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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鹿児島に行く前に④

本日も、アイツ、今、何してる?的にお届けします。




昨日のやっぴろ、上島安裕。そして、本日は深吾くん、小林深吾なのですが・・・



『深吾、今、何やってる・・・の?』



いや、なんとなく分かるのだけど、だいたい深吾くんは、謎めいてる。やっぴろと同じくして、深吾くんも、去年の7月から、倉敷市真備町と東京を往復する日々が続いてるのですが、つい先日は『公認心理師』と『臨床心理士』の資格試験に合格したり、全国で防災・減災の教育プログラム開発の講師をしていたり・・・とにかく



肩書が、いろいろあってアヤシイ。



TEAM防災ジャパンのサイトでは、ピースボート災害ボランティアセンタープログラムオフィサーって書いてるけど・・・



オフィサーって何?フィクサーみたいな感じ?



そんな深吾くんも、お父さんであり、時々、5歳の娘さんから弁当の発注があって、苦戦して『ととろのおにぎり』を作ったりしてますが、もうすぐ家族が増えるようなので、更に発注が増えてテンヤワンヤになるのだろうと思います。そういう意味では



テンヤーだったりワンヤーだったりするんじゃないでしょうか?



深吾くんとは、やっぴろ同様、石巻で初めましてでした。初めましての時の深吾くんは、ちょっと幅が狭くて斜めになったメガネで、薄いブルーというかグリーンというか、とにかく寒色系の色が入ってたので、映画に出てくるインテリヤクザにしか見えなかったです。



こんな風に書いてると、なかなか伝えるのが難しいというか、もちろん自分の書き方に問題があるのは分かってるのですが、深吾くんは、本当に頭がいいのです。頭がいいという表現は、なにかイヤミにも聞こえるかと思うのですが、イヤミなく頭のいい人だと思っています。



2011年9月、東日本大震災から半年が過ぎ、支援のカタチが変わっていく中で、僕は『石巻通心』という物を発行したいと考えていました。石巻にいると復興が進んでる実感はなかったけれど、徐々にマスコミが取り上げるニュースが、被災地は、復興に向かって元気に前を向いてるという流れにシフトチェンジしていた時期でした。



もちろん、復興していく明るいニュースもあったし、それを伝えるのは大切なことだと思うのですが、あの頃、僕の中で、かなりの違和感があったのだと記憶しています。夏休み以降、どんどんボランティアの数も減り、そうなると、一度石巻に来た人たちに、もう一度、足を運んで欲しいと思ったのが『石巻通心』を書こうと思ったキッカケです。



そんな『石巻通心』(全6号)の最初のページである『記憶と記録』を深吾くんにお願いしていました。冷静に、そして俯瞰で記録を振り返り、記憶をたどれる人は、深吾くんしかいないと思っていました。



東日本大震災の時、彼の携帯電話は、ずっと鳴り続けていました。



石巻通心の『記憶と記録』では、フェーズ(段階、局面)ごとに、どういう行動をとっていたかという記録と、その時に、深吾くんや他のボランティアメンバーが、どんな思いだったかを書いてもらいました。

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(画像をクリックすると、大きく見ることが出来ます)


フェーズ1 3月11日~3月17日(震災発生→派遣まで)
3・11 東日本大震災発生。観測史上最大M9・0
3・13 自衛隊活動開始
3・15 石巻災害ボランティアセンター開設
3・16 ピースボート先遣隊4名出発
3・17 先遣隊が初めて石巻入り


記録があることによって、記憶が鮮明に戻ってくることがあります。

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震災後、1週間経っていない風景を、どんな思いで見ていたのだろうか



深吾くんは、フェーズを6つに分けて記録として書き記してくれました。そして、毎回コラムを書いてもらいました。第一号で書いてくれた一文を紹介します。



『震災から一週間経った時点では、街は完全に停止していた。大きな主要道路は、かろうじて通れるようになっていたが、少し脇に入ると瓦礫や車が山積みとなり人さえ通れない。冠水が激しく、至る所に大小の船が道を塞いでいた。そして、何処にどれほどの人達が避難しているのか、把握している人は誰もいなかった。刺すような寒さの中避難しているグループを見つけては、必要としている食料や水、防寒着などの支援物資を届けつづけた。時には、病院の患者さんと職員さん含め1500人分の食料が足りないという情報も舞い込んできた。どこもかしこも、圧倒的に人手が不足していた。

その頃、東京では「時期が早い。ボランティアは被災地の迷惑になる。」と言われていた。ただ現地に足を運んだ自分たちは、被災地の負担にならないように自己完結でき、組織化された大量のボランティアが必要だと確信していた。何よりも、目の前にいる被災者をほっておくわけにはいかなかった。』



この時、住民の人たちに『困ったことがあったら、連絡して下さい』と声をかけながら渡していたのが、深吾くんの携帯番号を書いた紙でした。だから、困った人たちの声は、直接、彼の耳に飛び込んできたのです。

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心身ともに疲れ果てた顔で、ホワイトボードに書かれた『声』を見つめています。



最終号(2012年5月発行)のコラムで、深吾くんは、こうまとめてくれました。


『これから未来の「記憶と記録」を紡ぎ出すのは、石巻と繋がる一人ひとりとなることでしょう。
そして、人が人を支援すること。
それは、出逢うこと。
人と人が支え援け(たすけ)合うこと。
それは、一方的なものではなく、お互いに影響し合うこと。
そこから、復興に向けた「新しい創造」が生まれる。』



この『記憶と記録』だけでなく『石巻通心』すべてが、あの頃、石巻で過ごしたボランティアや、その人たちを支えていた家族、そして、友人や知人の声でした。鹿児島で伝える事は、その人たちの声です。そして、その先にある石巻の人たちの声や想いです。



ホントは、まだまだ、たくさんの友人たちを紹介するべきだと思います。



ボランティアがキッカケで、石巻に移住した友人たち、省一くん風に言うと、石巻から帰らなかった友人たちがいます。



ボランティア同士で結婚した友人たち、石巻の人と結婚した友人たちがいます。



ボランティアがキッカケで仕事を辞めて、海外や国内で、農業を始めた友人たちがいます。



ボランティアがキッカケで仕事をやめて、まだ、何をしようか迷ってる友人たちがいます。



ボランティアには行けないと、悶々としていた友人たちがいます。



ボランティアには行かないと決めて、支援をしてくれていた友人たちがいます。



みんな、今、何してる?



本日、わずかな時間ですが、彼らのことを話したいと思います。鹿児島のみなさん、オプシアミスミにてお会いしましょう。時間は、13時からです。



鹿児島に友人のいるみなさん、お伝え下さい。

| ヒトリゴト | 03:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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